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いつもお世話に なっております。 |
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一生懸命だより、vol24へリンク |
| ◆ これから開催されるイベントのご紹介です。◆ |
| お申し込みはお電話、 |
| 2011年の漢字 |
| 絆(きずな) |
| 「がんばろう日本」を今年に引き継いで |
| !東日本大震災:栄村、水害被災地方の一日も早い復興を願って! |
| :県 議 会 傍 聴 の 参 加 お 願 い: |
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| 緊急2012年2月18日(土):県が実施する、放射線量検査を住民立会いで! |
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| 今井正子;県議会議員の2011年度県政報告 |
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| 3.11大震災で苦しんでいらっしゃる皆様えの応援歌です。 | |
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| 知っていましたか? | |
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| 第9回地球環境フォーラム 映画『第4の革命 エネルギー・デモクラシー』 全国一斉同時上映会と公演、座談会 ドイツでは、この映画をご覧になった事が原因で、 2022年までにすべての原発を廃止すると決めました。 |
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| 下記; 新年の集い:交流会参加者は会費必要ですがお誘いあわせて、 多くの皆様のご参加をお待ちしております。 お申込はこちらからよろしく |
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| 長野県蓼科高等学校 |
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| 3月17日、18日に、今井正子県議会議員が信州真田救援隊の皆様と共に 島田代表とトラック4台の物資を届けに行った際のお礼状が、第一原発の隣の 田村市長から参りました。 下記全文 |
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| 『陸上自衛隊松本駐屯部隊東日本大震災派遣・県民感謝の集い』8月29日 | |
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| 99歳でもこんな女性に成りたいと思いませんか |
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| お蔭様で三期目スタートできました。 | |||
| 子供達の『声』 を お母さん達の『思い』を お父さん達の『汗』を 歴史と文化を担う高齢者」の『心』を 県政に反映します |
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| 原点を忘れず、『県民目線』 『現場主義』平和で暖かく元気な地域づくりに皆様と共に頑張る所存です。 県民の皆様の為なら怯まず、屈せず、いつも笑顔で一生懸命頑張る所存ことをお誓い申し上げます。 |
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| こんな時だからこそ、元気を出して、女性の視点で、しっかりと生活と生命(いのち)を守ります。 『二期八年』お蔭様でたくさんの事をさせていただきました。<ドクターヘリ導入>佐久総合病院、<ストップしていた浅科バイパス>開通、 公約の望月天神トンネル開通(小中学生の通学路の危険を無くす為、春日温泉への玄関口)、 30年来念願の国道254号極楽坂開通(宇山バイパス着工) 保育園・幼稚園・宅養老所、高齢者施設の充実、設置・法人化等充実。 未満児の保育士、国基準が低下した際、県費補充。 稲荷山養護学校老朽化に新築・長野ろう学校の新築等特別支援学校の充実。 望月高校・蓼科高校・野沢南高校・臼田高校をはじめ、佐久地域のすべての高校の存続と充実。 小学校30人規模学級全部実施と中学1年迄導入、不登校や登校拒否等、 それぞれの分野にコーディネーター教員を援助するこまやかなプランの充実。 水辺環境保全活動を続け20余年、千曲川に65年ぶりに鮭が戻って来た(上田市、H23年春)。 動けば変わります!一生懸命粘れば必ず道は開けると思います。 上記は目に見えるほんの一部ですが、次代を担うこどもたちの為に、『蓼科山の水と緑を守る』運動から生まれた今井正子ですので、 県民の皆様の思いと一緒の施策は積極的に行政をすすめ、思いと違うと思う施策は、 県や国に対して思いを伝え、変わらずしっかりと守って参ります。 |
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| <三期目に向けて> | |||
| 子育て・教育・・・・・・・30人規模学級の中学校完全導入、学校土曜日活用、特別支援教育の充実等。 医療・福祉・介護 ・・・・基幹センターの建設と地域全体の医療機関の充実を早急に。 又、患者・入居者・利用者の皆様の手当て充実と関われる職場の皆様の人数や待遇の改善。 二期八年の重点分野に加え、三期目もしっかりと農業問題・ものづくり信州・観光。 日本の復活にそして、厳しい雇用、経済問題に取り組みます。 皆様のご意見、お知恵を今井正子によろしくお願いします。 |
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| <まずは会派の問題> | |||
| 国の政策が県政にそのまま降りるのではなくて、阿部知事と共に前向きな是々非々で県民の皆様に選ばれた 議員のお一人お一人が平等に議論が出来るような新人の皆様と共に歩むことが出来たら、と思います。 |
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| <そして被災地へ物資を!受け入れの充実を> | |||
| 3月11日関東東北大震災発生後7日目8日目に物資を積んで大型トラック4台と共に福島県須賀川市、伊達市、福島市、田村市に 行かせて頂ました。皆様からお預かりいたした、タオル・毛布・マスク・カップラーメン・お米・ミルク・女性用品・下着類に義援金20万円も持参しました。 必要な所に必要な物を降ろし、積み替え、最後は原発の隣の4万人の都市に8000人以上の避難の人が入り、物資の届かない田村市に全て降ろして 参りました。その間、原発周辺の方々の長野米の受け入れに付いて各市で話をさせていただきました。 その後信州上田真田救援隊は続けて物資を運び続けましたが、我が信州佐久平救援隊は各戸を回りながらチラシを配り続け、多くの貴重な心の こもった物資をいただきました、行き先は宮城県仙台市の友人の「ゆさ みゆき」県議を通じ、気仙沼となりました。 「内海 太」県議の元に届け、避難所に又は出た方々には届ける食料等を直接運ぶ事に致しました。 3月末までに頂きました物資又、現在までの35万円に及ぶ義援金もしっかり届けて参ります。再出発は4月26日(火)又は、29日(金)の予定です。 仙台で宮城県庁にも寄り、県の様子、意向等のその後も調査させていただく予定です。 |
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| 終了したお知らせの記録 | |||||||
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| 2009年 8月~11月 |
2009年 12月~2010年2月 |
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